
「今度の休みって空いてるか?」
台所で食器を洗う私の横で、ジオンが急にそんなことを言った。
「休み? うん、空いてるよ」
「久しぶりに隣町まで遊びに行こうぜ。昼飯も作ってさ」
「わぁ、良いね。じゃあ、シャルちゃんとヒカルくんも誘って──」
「……却下」
「え?」
「行くのは二人で、な」
ふたり、という言葉をかなり強調してジオンは少し拗ねたような顔をした。
(でも、なんだかそれって……)
「デートみたいだね?」
「デートだろ」
当たり前みたいに言われてしまった。顔が熱くなる。
「ここ最近、休みの日は買い出しと家事で終わるからな。それっぽい雰囲気にちっともならねーし、二人で何かしようと思っても、誰かさんは当たり前みたいに友達やガキ連れてくるし」
「あいたっ」
ぺし、と叩くというよりは軽く触れる程度の力で頭を小突かれる。怒っている?と思ったけど、ジオンがこれをするのは、腹が立っている時というよりは私に呆れている時だ。すこし申し訳なく思う。
「ご、ごめん。デート、二人で行こうね! 約束!」
小指を差し出すと、はぁーっと溜め息をついてから、
「楽しみにしてる」
いつかと同じように小指をからめて、ジオンが笑った。
──なんて約束をしたのが、数日前のこと。
(どうしよう……風邪、引いちゃったかも)
デート当日、朝起きると喉がいがいがして、妙に身体が熱っぽかった。
「──っくしゅん!」
おまけにくしゃみも出る。
起き上がってみると身体がふらふらした。
(昨日の夜から余り体調良くなかったけど……変にこじらせちゃったのかな。でも、ジオンとの約束が……)
(とりあえず、起きよう。ちょっとぐらいなら大丈夫だよね)
なんとか身支度をして下まで降りると、同じように準備を終えたジオンが椅子に座っていた。
「おはよう、ジオン」
「ん、おはよう」
顔を合わせて、たった数秒。
「……ミア、お前、体調悪いだろ?」
「えっ……」
(すぐばれちゃった……)
「あのな……何年一緒にいたと思ってるんだよ。顔色見れば、お前の体調がいいか悪いかぐらいすぐ分かるんだよ、オレには」
「あ、はは。ジオンに隠し事はできないね」
「そうだよ。なんでもお見通し。だから無理すんな。デートはまた今度な」
「でも……、」
言いかけてふらりと眩暈がした。視界が揺れる。
「ミア! ほら、言わんこっちゃない」
「ごめん……」
「よっ……、と」
「わっ!?」
「暴れたら落とすからな、大人しくしてろよ」
そのままジオンは私を抱きかかえると、寝室まで運んでくれた。
ジオンにこうして触れるたび、幼い頃とは違う、大きくて力強くなったその手や身体つきに、私はいつもドキドキする。
それからジオンはお粥を作って私に食べさせてくれた。
「ごめんねジオン。デート、駄目になっちゃって」
「もう気にすんなって。お前が楽しめなきゃ意味ないんだからな」
(ジオンは優しいなぁ……)
「それになんつーか、オレもちょっと反省した。先に進まなきゃって焦ってたっていうか、それを神様に見透かされてたのかも、とかさ……」
小さな声でジオンが何か言っているけど、うまく聞き取れない。
「これからはずっと一緒、なんだもんな」
次の言葉はちゃんと聞き取れた。
ずっと一緒。泣きたくなるぐらい、あたたかくて愛おしい言葉だ。
「早く良くなれよ? そしたらいくらでも、何回でもデートできるからな」
優しい笑顔を浮かべてジオンが立ち上がる。
(……あ、行っちゃうのかな)
風邪を引くと、心細くなるのはどうしてだろう。ずっと一緒だとわかっているのに、もっと一緒にいたいと思ってしまうのはどうしてだろう。
「ジオン、あのね」
「ん?」
「手……、つなぎ、たいなって……」
「──」
思わず、そんなことを言ってしまった。
(……改めて言ったことがないから、なんだか少し恥ずかしいな……)
「いいよ」
ベッドの上にある私の手のひらの上に、ジオンの手が重なった。私よりもずっと冷たい手。だけど私はこの人のあたたかさを、誰よりも知ってる。
「昔は、じいちゃんがミアの看病してるのを見てることしかできなかった。でも今は──倒れたら運んでもやれるし、飯だって作ってやれるし、何よりこうして寂しがってるお前のそばにいられる」
「うん。……ジオンは、大きくなったよ」
「何だよそれ。馬鹿にしてんのか?」
「ち、ちがうよ。本当にそう思ったんだよ」
私を見つめるジオンの表情が、あんまり優しいから。
「ジオンとこの国に帰って来られて、よかった。ジオンと一緒に大人になれるのが、未来があるのが、嬉しいの」
つい、言葉がぽろぽろと零れ落ちていくのだ。
「……大好きだよ、ジオン」
ぴたりとジオンの動きが止まった。
「──あんまそういうこと言うなよ。抱き締めたくなるだろ」
「えっ」
「……そんな慌てた顔しなくても、病人を襲ったりしないっての」
今の私とジオンの顔、どっちの方が赤いんだろう。
ジオンはちょっとだけ黙ってそっぽを向いていたけど、改めて私と目を合わせると、決意を固めたような表情をして言った。
「ずっといるから」
「お前が望む限り、これからもずっと、俺はお前の傍にいるよ」
「ずっと……」
「ずっとだ。お前がおばあちゃんになって、よぼよぼになったって今日みたいにオレが面倒見てやる」
「ふふ。その頃にはジオンだっておじいちゃんだよ?」
「……意味わかってねぇな、これ」
「意味?」
「なんでも。──ほら、そろそろ寝ろって。このまま手、つないでるから」
ゆっくりと目を閉じる。
「おやすみ」
目を開けても、私の大好きな人がきっとすぐそこにいてくれる。明日も明後日も、ずっと。だから、私は安心して眠りにつくことができるのだ。